(朝日新聞2007年1月22日)
 「選挙権や成人の年齢を18歳に引き下げる」。それが現実味を帯びてきた。憲法改正の手続きを定める国民投票法案で、投票年齢を18歳以上とする方向で与党と民主党が一致。法成立に併せて公職選挙法や民法など関連する法律も3年をめどに見直すことを確認しようと検討しているためだ。「多くの人が参加できるのが民主主義」という意見の一方、「成人の年齢は法律ごとに違ってもいい」との意見もある。投票から酒やたばこ、運転免許まで、議論の行方は様々な分野に影響する。さて、「18歳は大人か」。(坂尻顕吾)
■狙いはなに? 「当事者」の声を反映
 若い世代の声を政治に反映させる、というのが直接の狙いだ。また、年金や財政赤字など世代間の不公平や将来の負担増について、当事者となる世代の声を広く採り入れることにもつながる。
 18~19歳は約270万人(05年10月現在)。この分新たな有権者が生まれて社会的な関心が高まれば、若年層の政治離れを食い止めるきっかけになる。若者の成長や自己決定能力の向上を促す側面もある。成人年齢でみると、親の同意なしに財産の取得や処分ができる年齢が引き下げられることになり、経済活動も広がる。引き下げ論にはこうした意味がある。
 引き下げ論は以前からあった。欧米諸国が相次いで選挙権や成人年齢を18歳まで引き下げた60年代末から70年代にかけて、日本でも政治家らが「18歳選挙権」を唱えた。
 この流れを受ける形で旧自治省が71年に世論調査したところ、成人では賛成22%に対し、反対は60%。反対理由では「18歳ではまだ政治問題を判断する能力がない」が最も多く、その後、議論は尻すぼみになった。
 00年1月にも、小渕首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」懇談会が「18歳は社会的成人と見なして十分と考える」と指摘し、選挙権や成人年齢の見直しを促した。同年6月の総選挙でも、自民党を除く各党が選挙権年齢の見直しを訴えたが、やはり論議が広がることはなかった。
 今回の議論は、国民投票で投票年齢引き下げを先行させ、より影響の大きな選挙権年齢や成人年齢もそれに合わせようという流れで、これまでにはなかった展開だ。
■酒・たばこも18歳で? 法律ごとの検討も
 国民投票法の投票年齢が18歳以上になったからといって、公選法や民法まで一致させる必要は必ずしもない。憲法は選挙権や成人などの具体的な年齢は記しておらず、目的や性質を踏まえ、各法律で定めている。
 その中で、一つの基準になっているのが20歳を成年と定めた民法だ。刑法や商法、医師法、公認会計士法などは年齢を明示せず、「成年」「未成年」という表現で区切っていて、民法の成人年齢が変更されれば、それに合わせて適用年齢も変わることになる。
 一方、年齢を明記している法律も多い。少年法や国籍法、相続税法などのほか、酒やたばこの年齢制限は20歳だ。この場合、引き下げは個別に検討することになる。例えば、少年法の適用年齢を20歳から18歳に引き下げる議論はこれまで何度もあった。刑事罰の対象年齢を16歳以上から14歳以上に引き下げる改正は先行実施されている。
■ほかの国はどう? 20歳選挙権は少数
 世界の先例をみると、パターンは二つある。
 英国は69年、学生運動の高揚を背景に、21歳だった選挙権年齢と成人年齢をそろって18歳に引き下げることを決めた。
 一方、旧西ドイツは70年に成人年齢(21歳)を据え置いたまま選挙権だけ18歳に引き下げ、その4年後に成人年齢を18歳にした。
 国立国会図書館に資料がある185の国や地域の選挙権年齢をみると、18歳を基準にしているのが154(83%)だ。20歳を基準にしているのは、日本や台湾、モロッコ、カメルーンなど7(4%)しかない。世界的な潮流は「18歳選挙権」だ。
 日本では、地方自治体で条例などで投票年齢引き下げを先取りしている例がある。
 旧秋田県岩城町が02年9月に実施した住民投票では、18歳以上が参加した。ほかにも03年の住民投票で、長野県平谷村が中学生以上に、北海道奈井江町が小学5年生以上に投票権を認めている。
◆「自分なら何歳」考えて
 選挙権年齢や成人年齢について調べてみると、法解釈上の論点を指摘する論文や文献は多いのに、「何歳から大人とみるべきか」を正面から論じているものは意外に少ない。
 それだけに、この問題は国会議員や法曹関係者だけに議論を委ねないほうがいい。「18歳は大人」か。一人でも多くの人が考え、国会での意見集約につなげていく道筋が求められる。そのために、「自分なら何歳だろう」と考えるところから始めてみてはどうだろう。(坂尻)
○政治参加の門戸広げよ 近藤孝弘・名古屋大助教授(比較教育学)
 投票年齢の引き下げには基本的に賛成だ。「できるだけ多くの人が政治的な意思決定に参加する」。ここに価値を置くのが民主主義の理念だ。それを否定すれば「政治は優秀で道徳的な一握りの政治家に任せておけばいい」となりかねない。
 投票年齢の設定は、民主主義の理念と社会が負うかもしれない政治的なリスクとのバランスの問題だ。引き下げていくと、政治的な判断能力に欠けた人が意思決定に加わる可能性が高まる。しかし、それが社会にとって非常に危険だということでもない限り、参加への門戸は広げるべきだ。
 ただ、リスクを下げる努力も求められる。ドイツは州ごとに、中等教育段階から「政治教育」の教科を設けている。(1)政治問題への関心を高める(2)政治の世界で語られる言葉の理解能力(3)それに基づく合理的な判断能力(4)政治に参加する能力、を身につけることが目標だ。連邦と州には政府直轄の「政治教育センター」があり、民間団体を支援して、中高生を「有権者」とした選挙を模したジュニア選挙を実施している。
 日本では、そもそも政治的に見解が分かれる問題を授業で扱わず、生徒が政治的な行動をすることにも社会の理解は低い。授業内容も制度の理解にとどまりがちで、政治的な判断能力や参加能力がほとんど養えていないと思う。こうした点から改めないと、実際の選挙でも何が争点かを一人ひとりが考えて投票することに結びつかない。
○成人の定義、統一は不要 辻村みよ子・東北大大学院教授(憲法学)
 国民投票の資格年齢が問題となっているが、憲法には何も定められていない。15条3項で「成年者」の普通選挙が保障されているだけで、公職選挙法で20歳以上としているにすぎない。
 国民投票も普通選挙も、ともに主権者の主権行使の機会と考えれば、担い手が違うのは望ましいことではない。ただ、国民投票や住民投票と、普通選挙は性質が異なると考えれば一致させる必要はないともいえる。住民投票条例で18歳以上などに投票を認めている例もあるが、違憲かどうかを問う声はほとんどない。
 一方、憲法の「成年」と民法の「成年」が、必ずしも同じである必要はない。社会にはいろいろな年齢制限があり、たばこやお酒、運転免許など議論すべき法律は多い。まず国民投票法を定め、3年をめどに全体の整合性を考えるのは一見リーズナブルにみえる。
 ただ、国民投票法の論点は他にもある。改憲原案の発議の仕方やメディア規制に問題はないのか。投票年齢に焦点を当てるのは、主権者の関心をそらす世論誘導的な面がある。
 成人年齢の引き下げを一緒に議論することで国民投票法が世論の後押しを受けたら、次に来るのは憲法改正だ。平和志向の強い中高年層より、若者なら改憲に賛同を得やすい。そんな背景もあり、今回は保守派も投票年齢の引き下げに同意したのだろうが、重要な点を隠してしまう形で投票年齢が争点化されることには危惧(きぐ)を持っている。

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NPO法人Rightsは、「未来を長く生きる若者は未来の決定により大きな責任を」との思いから、選挙権・被選挙権年齢の引き下げと政治教育の充実を2つの柱に、2000年から若者の政治参加をめざし活動してきました。

現在は、政治教育や若者政策の提言、政治家への働きかけに加え、自治体における若者参画プログラムの拡充、学生・若者団体への支援・助言などの活動を行っています。