18歳選挙権の引き下げに伴い、現在国会で検討されているもう1つの若者の法的年齢が、成人年齢と被選挙権年齢の引き下げである。Rightsでは2014年にドイツへのスタディーツアーを実施し、報告書「ドイツの子ども・若者参画のいま」を出版するなどして、ドイツにおける子ども・若者参画の知見を共有してきた。そこで今回は、現在日本で議論されている成人年齢並びに被選挙権年齢の引き下げについての議論が、ドイツではどのようにして展開されてきたのかを紹介する。

ドイツにおける被選挙権年齢や成人年齢の引き下げは、これまで幾度となく行われてきた。最も引き下げが活発に行われてきた、1970年代の東西ドイツにおける各種審議会における情報の実態把握に努めたところ、以下のような流れを経て、成人年齢と被選挙権年齢の引き下げが行われてきたことが明らかとなった。東西が分断されていた、西ドイツと東ドイツに分けてどのような議論があったのか詳述する。

(C)Elina Wataya, Syohei Arai

西ドイツでの流れ

1970年7月31日に実施された基本法第27次法改正(基本法38条2項)に伴い、ドイツ連邦共和国(以降 西ドイツ)における選挙権年齢が21歳から18歳に引き下がり、被選挙権年齢は成人年齢に引き下がった。(ウルリッヒ・ベルガー(CDU・常任内務委員会議長)の報告による。[1] )当時の西ドイツの被選挙権年齢が25歳であったことから、これが成人年齢に引き下がるということは21歳に引き下がるということを意味していた。

引き下げ支持者の一人であるアントン・シュタルクハウス議員(CDU)は、18~21歳の若者は「政治的関心や知識」があり、社会の中で自立した存在であり、また、男性の場合は18歳で兵役の義務を果たす(※現在は義務ではない)ことから、引き下げは正当だと述べている。しかも、専門家によれば、政治知識レベルを年代別にみると、18~20歳は21~25歳よりも高いことが言われる。そこから、若い世代に政治的な“共同意思決定”と“共同決意”の意識の植え付けを早急に行う必要があると語った。

1968年頃、被選挙権年齢の引き下げ賛成派は23歳まで引き下げることを求めていたが、連邦議会が成人年齢に合わせるべきだとして最終的には21歳になった(1970年)という経緯がある。終戦後、東ドイツは、西ドイツに先駆けて被選挙権年齢が1950年の時点で、21歳に引き下がった。つまり連合国(アメリカ・フランス・イギリス)が行った戦後の法整備によって、成人年齢を中心に、選挙権年齢などが変更されたことになる。
当時、ハーノーファー大学のジャイデ教授が行った調査結果によると、2,300人の15~24歳の若者を対象に実施した調査で、21~24歳の若者と18~21歳の若者に大きな違いが見られなかったという結果が出ている。また政治的関心は18歳から著しく目覚め、19歳でわずかに増え、21歳と比べてもほとんど差がないと指摘する[2]。

1969年10月28日、ヴィリー・ブラント元首相(SPD)は就任演説で次のように述べている。「我々はもっと民主主義に賭けたい。(※或いは、民主主義にもっと踏み込みたい)」また「選挙権年齢を21歳から18歳に、被選挙権年齢を25歳から21歳にし、参画や共同責任を促すことで社会を変えうる力が生まれる」と主張している。対して、反対派のクラウス=ペーター・シュルツ議員(SPD)やフリードリッヒ・ケンプラー議員(CSU)は若者の精神的成熟を疑っており、社会に悪影響を及ぼす懸念があると反論した。同時に、民主主義の繁栄にはならないと主張した。

1970年6月18日、意見の対立があったにも関わらず、3分の2以上の賛成を得て法改正に至る。反対票はなく、棄権票が10票あったのみだ。2年後の総選挙では、500万人弱が新たに選挙権を得た。投票率は歴代最高の91.1%を記録した。

基本法第38条第2項における「成人年齢を達した者」の記述によって生じる法的解釈に関しては、民法典第2条で定められている成人年齢ではなく、法的成人年齢を適用させるものとする。
また東ドイツから西ドイツに移住した18歳以上21歳未満の者に関しては民法典序章第7条第2項(§ 7 Abs. 2 EGBGB)が適用され、西ドイツにおいて成人ではあるものの、21歳になるまでは選挙権を持たない[3]。

これまで西ドイツで、21歳として設定した被選挙権年齢を、成人年齢に合わせる(選挙法)、つまり18歳に引き下げるという議論が進んだ。最終的に1974年に改正され、1975年に施行された。

東ドイツでの流れ

西ドイツでは被選挙権は成人年齢関連づけているのに対し、ドイツ民主共和国(以降 東ドイツ)では具体的な年齢で線引きをしていた、という解釈ができる。東ドイツでは、1974年の法改正によって被選挙権年齢が21歳から18歳に引き下がった。

1974年3月法改正による成人年齢引き下げに関して、様々な議論が行われた。その際のキーワードとして、責任、両親の影響力低下・ジェネレーションギャップなどが挙げられた。この法改正により18歳以上は契約を結んだり、学校を自分の意思で決めたりすることが可能になった。しかし、刑事法だけは18歳を成人年齢とはみなさず、18~21歳の若者は成熟度によって個別に判断する方針を取ることとなった[4]。

当時、世界各国における選挙権年齢が示され、選挙権年齢引き下げを行った場合に生まれる、選挙人口の絶対数と割合が算出されている[5]。

参考情報(ドイツ語)

※いずれの参考情報についてもウェブ確認日は2018年6月1日。

  1. https://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2012/39287766_kw23_kalender_wahlalter/208734
  2. P.6/14 http://dipbt.bundestag.de/doc/btd/06/003/0600304.pdf
  3. http://dipbt.bundestag.de/doc/btd/06/033/0603395.pdf
  4. https://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2014/49972428_kw12_kalenderblatt_volljaehrigkeit/216476
  5. P.8/14 A. http://dipbt.bundestag.de/doc/btd/06/003/0600304.pdf

*本稿における調査は綿谷エリナが、執筆については荒井翔平が担当した。

この記事の投稿者

荒井 翔平
荒井 翔平理事
1991年東京都生まれ。東京都市大学環境情報学部環境情報学科卒業。一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、一般財団法人国際協力機構理事などを務める。2008年、生徒シンポジウムの企画発案者として副実行委員長を務める。そのメンバーで2009年に生徒会活動支援協会を立ち上げ、生徒会活動に関わる様々な支援に取り組む。2010年に幅広い分野で社会的活動を行う、一般社団法人日本学生会議所を設立。