理事の土肥潤也です。2017年11月11日〜19日までの約1週間、ドイツ連邦外務省の招聘を受け「ドイツにおける政治教育」をテーマに視察をしてきました。

2014年9月にも同様のテーマで、NPO法人Rightsが主催する視察に参加し、現在もドイツのまちづくりや子ども参加について研究をする研究室に所属していることから、自分のドイツ研究を含めて、何回かに分けて、視察報告の記事をブログにアップしていきたいと思います。

ドイツにおける政治的中立性とは?

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学校教育における政治的中立性の確保は、日本でも18歳選挙権の実現に伴う主権者教育の導入とともに盛んに議論されてるテーマです。

そんな中ドイツでは、ナチス政権崩壊後に(政治組織は敬遠されたため)政治に無関心な市民が増えたことに課題意識を持ち、「反ナチズム」を掲げ、積極的に政治教育に取り組んできました。具体的には、欧州の中でも珍しい連邦政治教育センター(bpb)を1964年に設置し、現在では各州にも政治教育センターが設置されています。

先進的に政治教育を進めてきたドイツでは「政治的中立性」をどのように考えているのでしょうか。

政治的中立性に関する超党派の合意、ボイテルスバッハコンセンサス

まず、ドイツの政治教育を語る上で欠かすことができないが、ボイテルスバッハ・コンセンサスです。

ボイテルスバッハ・コンセンサスとは、1976年にボイテルスバッハで開催された多様な意見を持つ学者間の会議で得られた3つの合意のことです。

①教員は生徒の期待される見解を持って圧倒し、生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならない。

②学問と政治の世界において論争があることは、授業の中でも論争があるものとして扱わなければならない。

③生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう、必要な能力の獲得が促されなければならない。

日本では、ボイテルスバッハ・コンセンサスがドイツ政治教育における原則として紹介されますが、実際はこの会議では意見がまとまらず、合意は得られませんでした。

しかし、会議に参加していたヴェーリンクが、「意見はまとまらなかったけれど、このへんは合意できたよね?」と取りまとめ、会議の後に発表したのが、ボイテルスバッハ・コンセンサスです。

そして、このボイテルスバッハ・コンセンサスは非公式合意にも関わらず、ドイツの政治教育において非常に重要な位置付けとなっています。

実際に、今回訪問したレオナルド・ダ・ビンチ総合学校で副校長から政治教育についてレクチャーを受けた際にも、「ボイテルスバッハ・コンセンサス」という言葉が出てきて、現場レベルにも深く浸透しているものなのだと実感しました。

賛成・反対の両面を扱うこと。

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このボイテルスバッハ・コンセンサスを背景に、教師は学校内で政治的中立性を実現しています。

とくに「②学問と政治の世界において論争があることは、授業の中でも論争があるものとして扱わなければならない。」は、今回視察で訪れた学校などの教育関係機関では共通して強調されていました。つまり、政治的なテーマについて授業で扱うときは必ずその賛成・反対の両面の意見を扱うということです。

また、上でも紹介したレオナルド・ダ・ビンチ総合学校で政治科教育を担当するクリッケル先生によれば、政治科教育における教師の役割は、自分の意見を言わないことではないと仰られていました。

「意見を持たない先生よりも、むしろ教師が自分の主義・主張をはっきり持つ方が、生徒のロールモデルにもなります。

ダメなのは、生徒が教師の意見に合わせようとすることであったり、教師が自分の意見を押し付けることです。」

確かに授業で扱われる政治的なテーマに対して、「自分には意見はない」という先生の授業はあまり受けたいとは思いませんよね。

生徒も政治的中立性の実現の主体。

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政治科の授業の様子

しかし、もし教師がこの政治的中立性を無視して、授業で生徒たちを自分の意見に洗脳?しようとしたらどうするのでしょうか。もしくはそれを防ぐために何かしていることはあるのでしょうか。

これについては、「学校の中で政治的中立性の実現、つまり教師が生徒に自分の意見を押し付けないために何か指導していたり、ガイドラインのようなものは存在しているか?」と質問をすると、

教師が答えようとするのを遮って、ある生徒がこう答えてくれました。

「もし自分の意見を押し付ける先生がいれば、それに生徒たちは気付くだろうし、少なくとも私はおかしいと感じると思う。

『先生、ちょっと待ってください。あなたは今私たちをひとつの方向に導こうとしていますよね。なぜそうなんですか?それは間違っていると思います。』

と伝えると思います。こうして発言する自律性は生徒が持っていると思う。」

その時は生徒がこの質問に答えたこととその回答の内容に驚いただけでしたが、今思えば、この回答には大きな意味が込められていましたと感じます。というのは、政治的中立性の実現で役割を担うのは教師だけでなく、生徒もその主体であるということです。

 私たちがドイツから学べることは、大人(教師)が子ども(生徒)に何かをしてあげる、というパターナリスティックな考え方の枠を超え、ともに民主主義的な学校をつくるパートナーとして生徒を位置付け、政治教育を推進していくことなのではないでしょうか。

次回は、実際の政治教育に関する実践例について紹介したいと思います。

この記事の投稿者

土肥 潤也
土肥 潤也

NPO法人Rights理事。子ども・若者の地域参画コーディネーター。95年静岡県焼津市生まれ。NPO法人わかもののまち静岡代表理事。早稲田大学大学院社会科学研究科 修士課程(2017年4月から)。


専門は、子ども・若者の地域参加、まちづくり参加など。